断絶の壁

透明な子になりたいしスキも諦めたくないよね

インターネットと私の思い出

生きることに執着することが恥ずかしいんですよ

気づいたら早く死にたいと思ってた
自殺未遂は失敗して、死ぬことは怖いことだと学んだ
それなのに死にたいと思ってしまうのはなんでなんだろう

ずっとそればかり悩んでるからとりあえずブログに書こうと思いました

いろんな人が生きてるし、いろんな人が生きてるのが可視化できるようになったのはインターネットのおかげだと思う

インターネットはパソコン、携帯電話、スマートフォンになって
より身近に親密になった

最近はそれが苦しい
いろんな人の生き方が嫌でも目につくようになった
いろんな人がいることを知ることは良いことだと思っていた
いろんな人がいると分かったら、悩みや不安が加速した
根本的な悩みを解決する答えはどこにもないからだと思う

例えば何で自殺はダメなの、とか、なんで人は生きるの、とか、なんで働くの、とか、なんで差別があるの、とか

例えばスーパーコーンピュータが何万年と計算して答えを出したところで私は42と言われて納得できない
できることなら理解できる言葉の説明が欲しいし、それが意味になればなお良い
生きる意味が欲しい
できることならポジティブな理由で欲しい

ネガティブな理由なら死にたい
ワガママなんだよ、私は

もうどうしたら良いか分からないような境遇の人がたくさんいるし、何か大きな事件のたびに
苦しくなるし、悲しくなって泣いてしまう
しんどさに負けて無気力になる
頭が重くて考えるのをやめるために身体も動かさない
極力眠りたい
でも不眠症なので眠れなくてストレスが溜まる
耐えられなくなって泣く
泣き疲れると眠ってる
起きた時にまた悲観してどうしていいか分からなくなって、その場でじっとしてることを繰り返す

自分と他人の境界線が曖昧ってこういうところが苦しいんだと思う
この感覚が苦しいけど、治す薬はないし、対処法はほとんど効果ない
他の人がネガティブなモノに引っ張られないことがすごいと思う
それは才能だと思う
自分と他人を違うと線が引ける人間は強いと思う

そんな人たちを見て、助けたいと思う
でも助けようと思うなら行動してはいけないのだ
体力もなければ財力もなく、ボランティアするにも協調性のなさと独善感で迷惑をかけることが分かってる
そもそもで自分1人でさえ生きるのが難しいのに助けようなんて迷惑になる

インターネットさえなければこんな思いしなかったのにって言うって思うし、インターネットがあるから知恵を身につけたり救われたと思う

その差が激しすぎて辛いよ