断絶の壁

透明な子になりたいしスキも諦めたくないよね

マイノリティは突然マジョリティになる

友人からこの話を聞いて、大変に勉強になった。

詳しいことはぼやかすが、友人は留学生の多いところで過ごしている。
すると会話は中国語で話し合うことがメインになったそうだ。中国語を理解できないので、話し合うことができず困っている。聞けば、自分1人しか日本人はおらず、突如マジョリティからマイノリティになったという話だった。
友人から話す痛みの感覚が一つ一つが分かる。
マイノリティというのはやっぱり苦しいのだと思った。
そしてこんなところでもマイノリティになることは、突然にやってくるものだと知った。

友人曰く、マイノリティになってから、自分は差別意識がない、と思っていた。けれど差別意識のある人間だと知り、自己嫌悪もする。

私はとても良い経験を得ているな、と思った。
しかし心配ではあり、どうしたものかな、と思う。
素晴らしい人なので自己嫌悪しすぎずに心が折れないように頑張ってほしい。

言葉の壁というのはとても大きい、コミュケーションを取りたくない、噛み合わないもどかしさ、結果、相互理解したくない/する必要がない、という空気感。

コミュケーションを取りたくないと拒否されるのは、とても傷つくのだ。だからこそお互いが負荷なく、互いに歩み寄る距離感を知ることが大切なのだと思った。
友人には、この経験を元に思想を巡らせる、前向きな方向で頑張ってほしいと思うかぎりである。
しかしながら、そういう場を作る側にコンプライアンスや合理的な配慮がないのはおかしな話だな、と思う。

学びの場であるのなら、全てが等しく学ぶ権利を持っている。様々な問題が起きることを、想定し、ディスカッションを重ねて、学ぶ場を提供する側が配慮すべきでないかと思う。すべての人が平等に学ぶことができてこそ、多様性をお互いに認められる機会になると思う。

これからは、障害者だから、話せないから、女性だから、子どもだから、と何かにカテゴライズだけの配慮ではなく、全員が平等に学べる場になることを祈るばかりだ。

サイレントマジョリティー

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